繋がれた人 登場人物 サイボーグ：主人公 鵜飼い：生身の人間 兵士Ａ：生身の人間 兵士Ｂ：生身の人間 監視人：拘束施設の担当官。生身の人間 施設長：拘束施設の責任者。生身の人間 サイボーグＡ：鵜飼いのもとにいたときの主人公の元同僚 サイボーグＢ：拘束施設にとらわれていたサイボーグ サイボーグＣ：拘束施設にとらわれていたサイボーグ サイボーグＤ：拘束施設にとらわれていたサイボーグ ＊ ＊ ＊ (タイトル：繋がれた人) （激しい戦闘） (やがて去っていく艦隊) （廃墟と化した都市） （ずたずたになって首だけ残ったサイボーグ それを見下ろす小柄な男） ＊ ＊ ＊ （飛んでいく小型船） （ゆっくり目を覚ますサイボーグ） 鵜飼い：いや、運がいいぜあんたら。 いくら軍用サイボーグが 頑丈だって言っても その恰好じゃぁなぁ。 鵜飼い：俺が見つけたのが あと1時間遅かったら、 あんたらみんなお陀仏だったぜ。 サイボーグ：…本隊に…。 鵜飼い：本隊ィ？ ハハハ もうとっくにこの星系抜けて どっか行っちまったよ。 サイボーグ：…。 鵜飼い：な、いっしょにやってこうぜ。 悪いようにはしねぇよ。 ＊ ＊ ＊ サイボーグ：…。 鵜飼い：やあ、お目覚めかな。 新しい身体の調子はどうだい。 サイボーグ：あんたは…。 鵜飼い：お、その様子なら 大丈夫そうだな。 鵜飼い：俺は、君らの雇い主だよ。 サイボーグ：雇い主…？ 鵜飼い：ここ第4サテライトは軍の星系防御機構のメンテナンス業務の拠点だ。 俺たちは主に船外での実作業を請け負ってる。 鵜飼い：ああ、それと、その背中のコードは君たちを保護するためのものだよ。 別室にある生命維持装置につながっているんだ。 君らには長時間の船外作業を担当してもらうことになるからな。 これで動力切れや人工体液の交換時間を気にせず 安心して作業をこなすことができるだろ。 それに通信ケーブルもその中を通ってるからな。 船内との連絡が取れなくなる恐れも 今までよりはるかに低くなってるわけだ。 サイボーグ：…このコードが破損したら…？ 鵜飼い：コード自体がユニット式になってるからな。 半液体の外部被覆を外して、破損した部分を捨てて、 こうやって無事な部分同士を嵌め直す。 ほら、簡単だろ？ サイボーグ：…。 鵜飼い：大丈夫だ。 コードが外れたらすぐに 脳内にでかいエマージェンシーコールが鳴る。 寝てても気を失ってても飛び起きちまうレベルの奴だ。 それにその体なら、体内の予備動力と 人工体液だけでも1時間は生きていられる。 いくらお前さんが不器用だからといっても、 こんな簡単な修理作業に1時間もかかりゃしないだろ？ サイボーグ：私はいつまでここにいればいいんですか？ 鵜飼い：戦争が終わるまでだな。 鵜飼い：ほかに質問は？ サイボーグ：あなたの名前は？ 鵜飼い：（にやりと笑う）内緒。 あんたが自分の名前を思い出したら 教えてやってもいいよ。 サイボーグ：…。 サイボーグ：（独白）そう言われて初めて気が付いた。 私は自分の所属部隊も、名前も、 ほとんど何も思い出せなくなっていた。 ＊ ＊ ＊ サイボーグ：（独白）男は「鵜飼いのおっさん」と呼ばれていて、 私たちに自分の名前を教えなかった。 彼は軍の下請けとして、 システムトラブルや機器の死角となって うまく回らない部分の船外メンテナンスを受注し、 私たちが実作業を担当した。 戦況ははかばかしくなく、多くの仲間たちが死んでいった。 そして…。 ＊ ＊ ＊ 兵士Ａ：喋れるのか。 サイボーグ：はい。 兵士Ａ：…。 その声は発声機だな。 人工声帯じゃないのか。 俺、嫌いなんだよな。 サイボーグ：船外作業が 長かったので。 兵士Ａ：…まあいい。 兵士Ａ：お前らを雇っていた男は死んだ。 お前らはもう自由だ。 好きなところへ行くんだな。 サイボーグ：このままでは無理です。 兵士Ａ：何？ 兵士Ｂ：（小さく兵士Ａに耳打ちする） 兵士Ａ：（苦い顔をして舌打ちをする） ＊ ＊ ＊ サイボーグ：（独白）戦争は終わっていた。 私たちのこの体を制作したメーカーは潰れ、 技師たちは散り散りになっていた。 私たちを生命維持装置と動力装置を内蔵した 一般的なサイボーグ体に戻すには、 普通には一生働いても稼げないぐらいの 金額がかかりそうだとのことだった。 私たちは、遊覧船の非常時船外作業員としての職を得た。 だが…。 （血にまみれる船内、立ち尽くすサイボーグＡ） ＊ ＊ ＊ サイボーグ：なぜ私たちが収監されるのですか？ 監視人：君らの仲間が遊覧船で人を殴った。 サイボーグ：…誰ですか？ 監視人：さあ？名前までは知らん。 …からかわれてカッとしたんじゃないかってことだ。 サイボーグ：…そうですか。 ですが私は人を殴っていません。 監視人：だがお前の仲間には間違いないだろ。 サイボーグ：…。 監視人：…お前らがいる限り安心して 遊覧船に乗れないって人も多いんでな。 しばらくそこでおとなしくしてるんだな。 サイボーグ：私の手足を返していただけませんか？ 監視人：ダメだ。お前は運動機能を バーチャルに切り替えられるだろ。 バーチャル運動場と、 運動時間はきちんと 確保してやったからな。 監視人：安心しろ、 手足はちゃんと保管してあるからな。 出るときには返してやる。 サイボーグ：私はいつまでここにいればいいんですか？ 監視人：ほとぼりがさめるまでだな。 ＊ ＊ ＊ サイボーグ：（独白）拘束施設にはほかにも 何人かが収監されている ようだったが、 直接会って話をすることも、 施設内ネットワークで 対話することも許されなかった。 サイボーグ：（独白）そのかわり、 テキスト、音楽、画像、映像などの ファイルが収録されたライブラリに アクセスすることは可能だった。 サイボーグ：（独白）バーチャル運動場で過ごす時間と 睡眠時間以外は、 私はそれらのファイルに 触れて過ごした。 1年が過ぎ、 2年が過ぎた。 ＊ ＊ ＊ サイボーグ：（拘束室内からの通信）―それと、 ライブラリに 音楽ファイルの追加 ありがとうございました。 監視人：いや…。 また何かあったら 言うといい。 サイボーグ：はい、 ありがとうございます。 （緊急通信の合図。） 監視人：はいはいっと…。 （応答スイッチを入れる監視人。） 監視人：施設長…？ 施設長：急な話ですまない。 君のいる施設のある X-23地区だが、 汚染がひどく、治安もよくない。 今日付けで放棄が決まった。 明日からインフラ供給も止まる。 監視人：…拘束されてる連中は どうなるんです。 施設長：それは君は 心配しなくていい。 君のＩＤでは明日から この施設には 出入りできなくなる。 手順通り施設封鎖して こちらに帰還しろ。 監視人：…わかりました。 （メインゲートから出ていく監視人 振り返って拘束施設を見上げる） 監視人：…。 （翌日、起床時間になっても明かりがつかない） サイボーグ：…？ （別の独房） サイボーグＢ：開けろ！ 今日は 運動の日だろ！ サイボーグＢ：おいどうしたんだ！ 運動の開始時間は とっくに過ぎたぞ！ 早くここを開けろ！ サイボーグＢ：開け… （急に独房の扉が開く） サイボーグＢ：…？ 館内放送：緊急事態発生。 緊急事態発生。 拘束されている方々は 至急405号室前に お集まりください。 サイボーグＢ：！？ （部屋を出るサイボーグＢ。顔見知りと出会う） サイボーグＢ：どうなってんだ？ サイボーグＣ：わからん…。 監視人のおっさんも いねぇ…。 （405号室に集まる被拘束者たち。手足のないサイボーグを見上げる） サイボーグ：今日、X-23地区が放棄されました。 インフラは止められていて、 現在この施設は非常用動力で動いています。 なんとか動力が生きているうちに 正面ゲートを開けたいのです。 協力していただけませんか。 サイボーグＢ：…。 そりゃ、 かまわねぇけどよ…、 お前、その手足は どうしたんだ。 サイボーグ：監視室の隣に 倉庫があるはずです。 拘束室ごとに荷物が 仕分けられていて、 そこに私の手足も あると思います。 サイボーグＢ：よしゃ。監視室の鍵と倉庫の鍵は？ サイボーグ：何とか開きそうです…。 サイボーグＢ：（サイボーグＤに）おぃ、持って来たれ。 サイボーグＤ：はぁい。 ＊ ＊ ＊ （手足をはめるサイボーグ） サイボーグＢ：その背中のコードは…。 どっかの鵜飼いの所にでも いたのか。 サイボーグ：はい。どこか 復旧手術ができる場所か、 生命維持装置を 保管している場所を ご存じないですか。 サイボーグＢ：いや…。 サイボーグＢ：おぃ！ お前ら誰か鵜飼い式の メンテ設備しらねぇか！？ （みな首を振る） サイボーグＢ：…すまんな。 サイボーグ：いえ…。 ＊ ＊ ＊ （監視室。端末を操作するサイボーグ） サイボーグＢ：開かないのか…？ サイボーグ：外から封鎖モードが かけられていて、 こちら側からの開錠信号を 受け付けないようです。 サイボーグＢ：じゃあ どうすんだよ。 サイボーグ：…。 ちょっと 見てきます。 サイボーグＣ：あいつ 大丈夫なのか。 サイボーグＢ：………。 ＊ ＊ ＊ （メンテナンスハッチから顔を出すサイボーグ） サイボーグ：開閉用駆動装置は かなり高出力なものを 使用していますね。 それにゲートの扉も 充分な強度がありそうです。 サイボーグ：非常用動力を直結して 開閉用駆動装置を最大出力で 動かしてみます。 サイボーグ：この鍵なら多分それで 壊れるでしょう。 サイボーグＣ：本当かよ。 サイボーグＢ：…。 （回路のスイッチを入れるサイボーグ。 メインゲートが開く。） サイボーグＣ：ゲートが開いたぞぉ！ サイボーグＢ：おぉ！ ありがとな！ サイボーグ：（少し微笑む）よい人生を。 サイボーグＢ：ああ。 (出ていく被拘束者たち。ぼんやりたたずむサイボーグ ふと横の壁を見る。サイボーグＤがサイボーグを見ている、) サイボーグＤ：あんたは逃げないのか。 サイボーグ：私の動力源と体液循環設備はあれで、 この背中のコードとつながっています。 （壁に埋め込まれた大きな装置を指す） あれなしだと私は1時間程度しか持ちません。 サイボーグ：どこかに代替設備がないか、 非常用動力が落ちるまでの間は ここで探してみていますが、 難しいでしょうね。 サイボーグ：あなたこそ早く逃げたほうがいい。 サイボーグＤ：…。あんた、凄ぇな。 サイボーグ：何がです？ サイボーグＤ：拘束室の扉を開けたりさ…。 サイボーグ：音楽ファイルの入っていたライブラリが、 施設内部管理用のネットワークと 物理的に遮断されていなかったのです。 運が良かっただけですよ。 サイボーグＤ：…でも凄ぇよ。 その能力を もーちょっと前から発揮して 準備とかしとけば…。 サイボーグ：そうですね。 私はずっと、 この背中のコードを 外されるのが 怖かったのです。 サイボーグ：それでも、 あなたの言うとおりです。 あなたも眉間を銃で 撃ちぬかれれば死ぬ。 私と何もかわらない。 サイボーグ：私は、戦わなくては ならなかったのだと 思います。 サイボーグＤ：…。 サイボーグＤ：俺、もう行くわ。 サイボーグ：さようなら。 サイボーグＤ：…さようなら。 ＊ ＊ ＊ （非常用電源が限界に近づくアラート） サイボーグ：…。 （背中のコードを外すサイボーグ。 少し苦しそうな表情をする。 監視室の片隅に置かれた銃に気づく。） （銃を肩に担ぐサイボーグ） （正面ゲートを出ていくサイボーグ） サイボーグ：（独白）頭の中ではずっと 警告音が 鳴り続けている。 サイボーグ：（独白）それでも、 もう、ずいぶん久しぶりに 空に陽が在るのを 見たような気がした。 ＥＮＤ